{"product_id":"パスカル対モンテーニュ","title":"パスカル対モンテーニュ","description":"\u003cp\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e◆重要◆\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e【表紙のデザインについて】\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e・この本の表紙は、\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e商品画像２枚目にあるサンプルと同様の\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e統一フォーマットになります。\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e【内容紹介】\u003cbr\u003e『エセー』の著者ミシェル・ド・モンテーニュ（1533-92年）と『パンセ』の著者ブレーズ・パスカル（1623-62年）――フランスが生んだ二人の巨人は、一見すると正反対の思想を説いたように見える。\u003cbr\u003e短い生が過ぎ去るのを惜しみ、自然からの恩恵である感覚的な歓びを、今この瞬間に十全に味わい、反芻する、と宣言したモンテーニュ。それに反発して、はかない現世の享楽を斥け、信仰に生涯を捧げることで、来世への「希望」というこの世の最大の幸福が得られる、と力説したパスカル。\u003cbr\u003eこの二人は生きる時代をともにすることがなかったため、もちろん直接の交流はない。だが、パスカルは先人モンテーニュを最大の論敵と見定め、その思想を深く理解した上で、それに挑むようにして『パンセ』を執筆していった。事実、パスカルはこんな一文を残している――「モンテーニュのなかに私が見ることのすべてを、私はモンテーニュのなかにではなく、私のなかに見つける」。\u003cbr\u003eこのような深い共感を示しつつ、しかしパスカルはモンテーニュの「死についてのまったく異教的な考え」を問題視した。パスカルはそれを徹底的に攻撃し、それとは対極にあるキリスト教が説く死への向き合い方を伝えようと尽力した。パスカルにとって、死をめぐる思想の本質は、1) メメント・モリ（死を想え）、2)「気晴らし」、3) 来世への希望の三点に関連している。本書は、パスカルが作中でモンテーニュに直接言及している箇所を紹介したあと（第一章）、これら三点のそれぞれについて、二人の具体的な文章を通じてわかりやすく説明していく（第二章から第四章）。時代としてはあとになるパスカルの考えを先に見て、次にモンテーニュの思想を見ていく。\u003cbr\u003e「死」という誰にとっても無縁ではいられない重要な主題について考え抜いた二人の知の巨人パスカルとモンテーニュ。あなたはどちらに共感し、どちらに軍配を上げるだろうか？\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e【目次】\u003cbr\u003eはじめに\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eブレーズ・パスカルの生涯（一六二三―六二年）\u003cbr\u003eミシェル・ド・モンテーニュの生涯（一五三三―九二年）\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一章　パスカルのモンテーニュへの批判と称賛――パスカルによるモンテーニュへの直接的言及\u003cbr\u003e１　『エピクテートスとモンテーニュに関するサシ氏との対話』におけるモンテーニュ像\u003cbr\u003e徹底的な懐疑主義／人間の理性の傲慢さへの戒め／真理探求への怠慢\u003cbr\u003e２　『パンセ』におけるモンテーニュ批判\u003cbr\u003e権力への服従／民衆の錯誤の効用／モンテーニュの「過ち」の目録(1)／モンテーニュの「過ち」の目録(2)／モンテーニュの文章観への批判(1)／モンテーニュの文章観への批判(2)／老いへの抵抗\u003cbr\u003e３　パスカルによるモンテーニュへの賛辞\u003cbr\u003e「隠れたる神」／奇　蹟／モンテーニュを見習う／自己の分身／文体への評価／発せられる言葉の価値\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二章　メメント・モリ\u003cbr\u003e１　パスカル\u003cbr\u003e『パンセ』「死」の断章／「考える葦」／人間の偉大と悲惨／人間の尊厳\u003cbr\u003e２　モンテーニュ\u003cbr\u003e死を頻繁に思うこと／死の軽視と現世の生涯／反メメント・モリ／死の哲学から生の哲学へ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第三章　気晴らし\u003cbr\u003e１　パスカル\u003cbr\u003e「気晴らし」と「自分について考えること」／手段と目的の転倒／騒ぎ・休息・倦怠の循環／自己愛という動因\u003cbr\u003e２　モンテーニュ\u003cbr\u003e「気をそらすこと」の効用／目的に至る過程を楽しむこと／死から考えをそらすこと／敬虔な人々への皮肉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四章　来世への希望\u003cbr\u003e１　パスカル\u003cbr\u003e「気晴らし」から「来世への希望」へ／「賭　け」／結果を知る前に賭けに勝つ／アウグスティヌス『神の国』との関連(1)／アウグスティヌス『神の国』との関連(2)／希望と絶望／絶望と怠惰／現在と未来\u003cbr\u003e２　モンテーニュ\u003cbr\u003e現在の享楽を「反芻する」／「希望の奴隷」／「自然」という神\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第五章　モンテーニュの「無頓着」について――モンテーニュは「だらしなくふんわりと」死のうとしたのか\u003cbr\u003e１　自然への随順\u003cbr\u003e「今日は何もしなかった」／学問における無頓着／老いと死の受容\u003cbr\u003e２　精神の自律性\u003cbr\u003e「自分自身にとどまること」／他者の欲望への抵抗\u003cbr\u003e３　宗教的熱意の拒絶\u003cbr\u003e信仰を口実とする狂乱／「節度」という徳／ユリアヌス讃\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e結　論\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e主要参考文献\u003cbr\u003eあとがき\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e■\u003cbr\u003e著\u003cbr\u003e山上　浩嗣（やまじょう　ひろつぐ）\u003cbr\u003e1966年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。パリ・ソルボンヌ大学にて文学博士号。現在、大阪大学大学院人文学研究科教授。専門は、フランス文学・思想。 著書に、『パスカルと身体の生』、『パスカル『パンセ』を楽しむ』（講談社学術文庫）、『モンテーニュ入門講義』。 編著書に、『パスカル読本』。 訳書に、ラ・ボエシ『自発的隷従論』、アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のモンテーニュ』（共訳）。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e","brand":"学術文庫","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50749684482306,"sku":null,"price":2167.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0703\/1475\/4306\/files\/9784065455173.jpg?v=1791965170","url":"https:\/\/kodansha-gakugei-archive.bookstores.jp\/products\/%e3%83%91%e3%82%b9%e3%82%ab%e3%83%ab%e5%af%be%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%bc%e3%83%8b%e3%83%a5","provider":"講談社学芸アーカイブ","version":"1.0","type":"link"}