{"product_id":"死産される日本語-日本人-日本-の歴史-地政的配置","title":"死産される日本語・日本人　「日本」の歴史—地政的配置","description":"\u003cp\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e◆重要◆\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e【表紙のデザインについて】\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e・この本の表紙は、\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e商品画像２枚目にあるサンプルと同様の\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan style=\"color: rgb(255, 42, 0);\"\u003e統一フォーマットになります。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e【内容紹介】\u003cbr\u003e\n「日本語」や「日本人」は、それ自体としてあるものではないが、好き勝手に作られる想像の産物でもない。それらは国家統合の理念として近代に要請され、だからこそ「純粋」でなければならなかった。この要請は、失われた過去に「純粋」な存在を求め、そこからの連続によって現在を正当化する。だから、日本語も日本人も、生まれた時には、すでに死産されている。──幾多の議論を巻き起こした問題の書、新稿を加えた決定版で登場。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化がとどめられない勢いをもつ現在、ナショナリズムや自民族中心主義、それが生み出す排外主義が台頭してきている皮肉な現実は、世界中のさまざまな出来事を見ても疑いない。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本書は、若き日にアメリカに渡って博士号を取得したあと、本拠地アメリカのみならず、ヨーロッパやアジアを含め、世界中で活躍してきた著者が日本語でものした初めての著書である。本書の中核をなし、書名にも採用された記念碑的論文「死産される日本語・日本人」で、著者は「日本語」や「日本人」はそれ自体としてあるものではないと説く。かといって、それらは好き勝手に作ることのできる想像の産物でもない。「日本語」や「日本人」が問題になったのは、「近代」という時代になって、それらが国家統合の理念として要請された時だった。そこで要請された「日本語」や「日本人」は「純粋」でなければならず、その「純粋」な存在は『古事記』や『日本書紀』などを素材にして、失われた過去に求められることになった。その「純粋」な存在が現在まで連綿と続いていることを理由に、現在の「日本語」や「日本人」が正当化される。このような論理は今も至る所に見られるが、一見して分からないほど巧妙なものであることも確かである。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eその論理を鮮やかに浮かび上がらせた著者は、次のように言う。「国語あるいは国民語の起源をめぐる歴史的問いは、『日本語』そして国民的主体としての『日本人』が、生まれると同時に死んでいた、あるいはすでに喪失されたものとしてしか生まれることができなかった」。今もなされ続けている暴力は、生まれた時にはすでに死んでしまっていたものを根拠にしている、という事実から出発してこそ、世界の悲惨を解決する道も見出されるだろう。刊行当初から幾多の議論を巻き起こしてきた問題の書が、新稿を加えた決定版として学術文庫に登場。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e*本書の原本は、1996年に新曜社より刊行されました。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【目次】\u003cbr\u003e\n学術文庫版に寄せて\u003cbr\u003e\nはじめに\u003cbr\u003e\nI　近代の批判:中絶した投企─—日本の一九三〇年代\u003cbr\u003e\n西洋という仮想された同一性\/普遍主義と特殊主義の親和性\/反近代主義のなかの近代主義\/竹内好の〈抵抗〉\u003cbr\u003e\nII　国民共同体の「内」と「外」─—丸山真男と忠誠\u003cbr\u003e\n運命共同体と帰属\/近代世界における国民共同体の表象\u003cbr\u003e\nIII　国際社会のなかの日本国憲法─—社会性の比喩としての〈移民〉と憲法\u003cbr\u003e\n近代をどう規定するか\/憲法は社会問題を創出する\/〈移民〉という比喩\/憲法九条は国境をまたいでいる\/憲法九条の可能性\u003cbr\u003e\nIV　偏在する国家─—二つの否定:『ノー・ノー・ボーイ』を読む\u003cbr\u003e\n回帰なき帰還\/同一性という危機\/投企による社会性への讃歌\u003cbr\u003e\nV　歴史という語りの政治的機能─—天皇制と近代\u003cbr\u003e\n歴史の言遂行の側面\/「日本人」「日本語」「日本文化」\/近代性を語り得る実定性の水準\/複綜文化主義的配置\u003cbr\u003e\n[付]自己陶酔としての天皇制─—アメリカで読む天皇制論議\u003cbr\u003e\nVI　死産される日本語・日本人─—日本語という統一体の制作をめぐる(反)歴史的考察\u003cbr\u003e\n多言語性と多数性\/話し言葉と新たな主体の組織\u003cbr\u003e\nVII　「西洋への回帰」と人種主義─—現代保守主義と知識人\u003cbr\u003e\n人種主義と主体の構制\/無徴の場所としての「西洋」\/保守主義の台頭と「西洋」\u003cbr\u003e\n[付]人種主義に関する提言\u003cbr\u003e\nあとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e■\u003cbr\u003e\n著者\u003cbr\u003e\n酒井　直樹（さかい・なおき）\u003cbr\u003e\n1946年、神奈川県生まれ。1971年、東京大学文学部卒業。1983年、シカゴ大学人文科学部で博士号取得。現在、コーネル大学人文学部教授。専門は、日本思想史・文化理論・比較思想。主な著書に、『日本思想という問題』、『過去の声』、『日本／映像／米国』、『希望と憲法』など。\u003c\/p\u003e","brand":"学術文庫","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":45204779565314,"sku":"9784062922975","price":2640.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0703\/1475\/4306\/files\/6b7045e0410e1355005e78423a9071c7.png?v=1718244824","url":"https:\/\/kodansha-gakugei-archive.bookstores.jp\/products\/%e6%ad%bb%e7%94%a3%e3%81%95%e3%82%8c%e3%82%8b%e6%97%a5%e6%9c%ac%e8%aa%9e-%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba-%e6%97%a5%e6%9c%ac-%e3%81%ae%e6%ad%b4%e5%8f%b2-%e5%9c%b0%e6%94%bf%e7%9a%84%e9%85%8d%e7%bd%ae","provider":"講談社学芸アーカイブ","version":"1.0","type":"link"}