徳富蘇峰 終戦後日記 『頑蘇夢物語』
徳富蘇峰 終戦後日記 『頑蘇夢物語』
◆重要◆
【表紙のデザインについて】
・この本の表紙は、
商品画像2枚目にあるサンプルと同様の
統一フォーマットになります。
【内容紹介】
明治・大正・昭和を通じ活躍した言論人、徳富蘇峰が、終戦直後から書き残していた膨大な日記を発掘。戦争中、大日本言論報国会会長として戦意を煽ったと戦犯容疑のため自宅に蟄居しながら綴り、『頑蘇夢物語』と自ら命名した日記には、無条件降伏への憤り、昭和天皇への苦言から東條英機、近衛文麿ら元首相らへの批判と大戦の行方を見誤った悔悟の思いが明かされている。
この日記が戦後60年以上も蘇峰直系の孫、徳富敬太郎氏によって密かに保管され、封印されてきたのはなぜか。
それは敗戦の責任について、蘇峰の昭和天皇へのラディカルな批判がこの日記にこめられていたからだ。
蘇峰は日露戦争と比較し、「この戦争」には「戦争に一貫したる意思の無きこと」「全く統帥力無きこと」が明白であるとし、「我が大東亜戦争は、誰が主宰したか。それは申すまでもなく、大元帥陛下であることは多言を俟たぬ。しかも恐れながら今上陛下の御親裁と明治天皇の御親裁とは、名においては一であるが、実においては全く別物である」と痛烈に批判。そして単刀直入に「極めて端的に申し上げれば、今上陛下は戦争の上に超然としていましたことが、明治天皇の御実践遊ばされた御先例と異なりたる道を御執り遊ばされたることが、この戦争の中心点を欠いたる主なる原因であった」と結論づけたのである。昭和天皇在位中には公開を憚られた内容が、戦後60年以上を経て明らかにされ、敗戦をめぐる議論を巻き起こした注目の書を改めて世に問う。
*本書は、徳富蘇峰が終戦後の1945年8月より1947年7月まで口述筆記させた日記『頑蘇夢物語』(全14巻)の1巻から5巻まで(1946年1月まで)の内容を小社編集部で選択、収録したものです。本書の原本は、2006年7月に小社より単行本として刊行されました。
【目次】
刊行にあたって—————徳富敬太郎
『頑蘇夢物語』一巻
陛下の玉音を謹聴して
自ら吾が愚に驚く
敗戦の原因、ほか
『頑蘇夢物語』二巻
戦争犯罪者と戦争挑発者
駐日米国大使と会見の顛末
和平工作と鈴木前首相
盗人猛々し侵略国呼ばわり、ほか
『頑蘇夢物語』三巻
陛下のマ元帥御訪問まで
陸海将官の涜職、下級軍人の貪欲
驚くべき日本上下の急豹変
御退位問題、神社と国民
対米従属の日本政府、ほか
『頑蘇夢物語』四巻
日本精神の一大消耗破壊
軍人の火事場泥棒
対米開戦、果たして無名の戦争か
予の一大懺悔
近衛公の服毒死に思う
戦争犯罪人としての予、ほか
『頑蘇夢物語』五巻
首相東條と予
力即正義か
日本の国宝皇室
戦争に於ける皇室の御態度、ほか
年表・徳富蘇峰の生涯
解説—御厨 貴
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著者
徳富蘇峰(とくとみ・そほう)
1863年、熊本県生まれ。名は猪一郎。熊本洋学校に学び、同志社にて新島襄の教えを受ける。明治20(1887)年、民友社を設立、『国民之友』『国民新聞』を発行。貴族院議員を経て、評論家、歴史家。『近世日本国民史』により学士院恩賜賞を受ける。昭和18(1943)年、文化勲章受章。昭和32(1957)年逝去。主著に『将来之日本』『大正の青年と帝国の前途』『静思余禄』などがある。
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