中央アジア・蒙古旅行記
中央アジア・蒙古旅行記
◆重要◆
【表紙のデザインについて】
・この本の表紙は、
商品画像2枚目にあるサンプルと同様の
統一フォーマットになります。
【内容紹介】
13世紀の中頃、ヨーロッパ人が相次いでモンゴリアの奥深く入っていった。教皇インノケンチウス4世の命を受け、あるいはルイ9世の書簡を携えて、「地獄(タルタルス)の住人」の地へと中央アジアの乾燥帯を苦難と危険を道連れに歩みゆく修道士たち。
勢力を西へ拡大中のモンゴル帝国で、また本営カラコルムで、彼らは何を見、誰に会い、どんな宗教や風俗に触れたのか。
2人の修道士それぞれの見聞記。
13世紀中頃、チンギスから、オゴデイ、グユク、モンケとモンゴルが中央アジアへ拡張していく世界情勢のなか、ヨーロッパでは危機感とともに東方への関心が増大、教皇やフランス王が何回か使節団を派遣した。
中でもカルピニのジョンとルブルクのウィリアムは、その旅行記とともに歴史に大きな名を刻んでいる。教皇インノケンチウス4世の使節としてカラコルムに到達、モンゴル新帝グユクの即位式に立ち会う幸運に恵まれたジョン。ルイ9世の書簡を携え伝道者としてさまざまな民族に出会いながら最終的に皇帝モンケに面会したウィリアム。二人が残した報告書は、元朝を開く前のモンゴル、中央アジアのステップや砂漠を疾駆する遊牧帝国モンゴルの実情をリアルに伝える一級史料となっている。
*本書の原本は、『中央アジア・蒙古旅行記』(カルピニ ルブルク/護雅夫訳、1965年)の新版として、1979年に桃源社より刊行されました。
【目次】
第一部 プラノ=カルピニのジョン修道士の旅行記
第一章 タルタル人の土地
第二章 タルタル人の風采、かれらの衣服、かれらの住居・財産・結婚について
第三章 タルタル人の神の礼拝、かれらが罪とみなすこと、占いとお祓い、葬儀そのほかについて
第四章タルタル人の性格、良い点・悪い点、かれらのしきたり、食物そのほかについて
(以下略)
第二部 スブルクのウィリアム修道士の旅行記
第一章 ガザリアの地区
第二章 タルタル人とその住居
第三章 タルタル人の食物
第四章 タルタル人のコスモス酒の醸りかた
第五章 タルタル人の食べる動物、その衣服、その狩猟
第六章 男の頭髪の剃りかた、女の身の装いかた
第七章 女たちのつとめ、タルタル人の仕事
第八章 タルタル人の裁判と判決、死と埋葬について
(以下略)
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著者
カルピニ
1182年頃〜1252年。
イタリア生まれのフランシスコ会修道士。教皇インノケンチウス4世の命を受け、モンゴルを目指す。新帝グユクに謁見。
著者
ルブルク
1220年頃〜1293年頃。
フランス生まれのフランシスコ会修道士。フランス王ルイ9世の書簡を携え、モンケ・カンの本営を訪問した。
訳者
護 雅夫(もり・まさお)
1921年生まれ。東京帝国大学文学部卒業。東京大学教授、日本大学教授を歴任。『古代トルコ民族史研究』で日本学士院賞を受賞。アンカラ大学日本語科設立に尽力。著書に『遊牧民族国家』『古代遊牧帝国』などがある。1996年没。
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